本が消える(1)
パイオニアとなった広辞苑
CD−ROM出版に賭けた男たち

 「本は紙」という人類の“伝統”が、未来にも受け継がれるかどうか、分からなくなってきた。デジタルデータ化された本をプラスチックのCD(コンパクトディスク)に収めたり、通信ネットワークを使ってオンラインで流したり。新しい時代へ向けた試みが始まっている。

 東京・神田のビル街に、パソコンの卸・販売を手掛ける富士通パーソナルズという会社がある。副社長室に、神田泰典(58)を訪ねた。ワープロ「OASYS(オアシス)」を開発し、社内で“オアシスの神様”と呼ばれる人物だ。

 日々の仕事を、自ら開発したワープロに書き記している。昭和59年3月7日の項に次の一文がある。

《ソニーへコンパクトディスクを見学にいく……中略……デッキは来年作れるとのことである。これは結構使えると思っている》

 当時、オアシス開発部長だった神田が、東京のソニー本社で見たのは、オランダのフィリップスとソニーが共同開発した円盤形の直径12センチのCDだった。

 すでにCDはレコードに代わる新たな音楽媒体として市場に出はじめていたが、そのCDからは、優雅なクラシック音楽も、リズミカルな歌謡曲も流れてこなかった。その代わり、CD−ROM(読み出し専用メモリー)ドライブと呼ばれる専用装置を通して、写真や文字がパソコンの画面に映し出されたのだ。 《これは結構使える》

 日誌の言葉は、神田の技術者としての直感だった。ソニーの鈴木晃(57)=DVDビジネスセンターDDソフト事業企画室室長=は、「CDで辞書をつくって、オアシスで見られるようにしませんか、という私の提案に、神田さんは大変面白いといってくれた」と記憶する。

 大量のデータを蓄積できるCDに、音ではなく文字データを入れて本をつくり、それをワープロで見せるというのだ。

 《手を携えて新しい出版文化を創造することができたら…》 そんな思いが、鈴木と神田の胸中をよぎった。

 鈴木は、音楽用CDを世界にプロモートした実績があった。今度は、それを出版に発展させようと、CD−ROMドライブを担いで東奔西走していた。

 「アメリカのマイクロソフトやIBM、アップルにも行きました」

 神田がソニーを訪れたのも、鈴木のプロモートの一環だった。

 CDで本を作るという斬新(ざんしん)な発想は、鈴木と神田との出会いで具体化した。ソニーのCD技術と富士通のワープロ技術、それに印刷の過程でコンピューター用に処理された本の文字データをもつ大日本印刷が加わり、盤石の態勢が整った。

 ハードはメドがついた。問題は、ソフト、つまりCDでどんな本を作るかだった。

 「(音楽用と同じ大きさの)直径12センチの読み出し専用CD(CD−ROM)は、カナ、漢字で3億文字くらい入る。しかも、その情報が素早く取り出せる。こうした特性から、辞書というのが自然な発想だった」と鈴木は言う。

 白羽の矢が立ったのは、岩波書店の「広辞苑」だったが、岩波書店が初めから乗り気だったわけではない。

 「当時のパソコンやワープロの文字はボヤっとしていて、すごく怪しげだったんです。そんなものに大事な広辞苑を載せられません、と言われましてね」と神田は苦笑する。

 そのころの岩波書店には、パソコンはなく、ワープロが数台あるだけだった。年配の編集者は、世に出始めたOA機器に複雑な感情を抱いていた。そうした雰囲気を神田は感じ取った。

 しかし、岩波側が首をたてに振らなければ「広辞苑」をCDでつくることはできない。 ソニー、富士通、大日本印刷の説得に、岩波書店では担当者らが話し合いを重ねた。

 「複製される恐れはないのか」「出版界のリード役として、新しい試みに取り組むべきだ」

 議論の末、最終的にゴーの決断をさせたのは、時代の動向と新技術への期待だったという。 「電子化された出版物への関心が世界的に高まっていた。取り組むべき時期にきていると思った」と当時の社長、緑川亨(72)は話す。辞典部長だった西川秀男(65)も「ワープロで字を読む技術は、もっと進歩するだろうと考えた」と言う。実際、西川はその後、富士通の工場で、文字が鮮明に表示される新機種ワープロを知った。「予想以上にきれいに見えて、これなら大丈夫だと安心した」と振り返る。

 神田の日誌の、昭和61年6月2日付に、こうある。

 《広辞苑のCD出版の実験に関する覚書調印》

 神田がソニーを訪れてから2年以上の月日が流れていたが、その後の展開は早かった。同年10月には試験盤完成の記者会見を開き、62年7月に商品化にこぎつけた。

 『フランス』『印象派』『画家』と入力すると、ルノワール、ドガ、セザンヌなどが列挙される条件検索など、紙の辞書では不可能な検索方法も可能にした。岩波側が編集経験の中から提案した機能だった。

 作家の紀田順一郎(61)は「広辞苑」CD−ROM版を初めて使ったときの印象を、「普通の辞書ではとてもできない検索ができて、将来の辞書は、こういうものになるのではないかと思った」と語る。

 売り出された「広辞苑」CD−ROM版の価格は、紙のそれの約5倍の2万8000円。専用機種として同時に発売された富士通ワープロ「OASYS 100GX−cd」は204万5000円もした。

 大方の人にとって、電子本はまだ遠い存在だったが、「広辞苑」CD−ROM版は、新時代の“紙ではない本”の先駆的役割を果たした。

(文中敬称略)

【写真】上:発売前に行なわれた「広辞苑」CD−ROM版の説明会
下:「広辞苑」CD−ROM版にあわせて発売されたワープロセット