1982年OASYS100G、オアシスメイトを発表



1982年11月9日OASYS100G を発表しました。100や100Jの機能拡張も発表しました。
オアシスメイトも発表しました。
  • ニュースリリースです。
  • 翌日の新聞 です。(電波新聞1982年11月10日)
    100J MyOASYS と小型低価格のモデルを開発するのと平行に、事務用の上位機種を開発しました。 100Gはビジネス機の系列の元になった機種です。
    100,100J,MyOASYS は8ビットマイコンを使っていましたが、100Gはインテル86系の16ビットマイコンを初めて使ったものです。 当時としては、48文字×65行(3,120文字)のA4が表示できる17インチのディスプレーは随分苦労をしました。 画面は16ドット表示で、当時はまだ主流だった緑の画面です。 また、プリンタとしてドットとレーザが選択できるようになりました。事務用ではレーザが今後主流になると考えていました。 レーザは高価ではありますが、静かでかつ速度が早い、文字が綺麗などの特徴を備えていました。

    マイオアシスのカタログ
    8ページもののカタログです。高見山を全面的に使っています。 このようなカタログは業界でも初めてでした。
  • 100Gカタログ です。
  • 仕様諸元 です。 いろんな大きなの文字が印刷できるようになりました。レーザは240dpi ドットプリンタは160dpiだったので、 ドットプリンタとレーザプリンタとでは文字の大きさがちがい当時は結構苦労しました。


  • 100,100J,MyOASYSの機能拡張 のニュースリリースです。
    OASYSはソフトのレベルアップで機能拡張をすることができるということで、購入したユーザの サポートを継続して行ってきました。


  • オアシスメイトの発表 のニュースリリースです。
    オアシスメイトはコンピュータを意識しないで、使える応用ソフトの開発ツールということで開発しました。 最初はOASYS100で使えるようになりました。人に帳票の処理の方法を教えるように、一度教えておくと同じように やってくれるという発想で作ったものです。オアシスメイトはユニークなソフトとしてオアシスの差別化に役立ちました。

  • オアシスメイトのカタログです。これは最初のもの(1983)。まず、OASYS100でサポートされました。
    その1 その2 その3 その4

  • これは1984年のオアシスメイトのカタログ。100G 100G2 100GS 100Fなどの16ビットの機種でサポートされています。 その機能もかなり拡充されて、かなりの事務処理に使えるようになりました。
    その1 その2