ワープロコンテスト82


1982年11月23日 勤労感謝の日に、最初のワープロコンテストを行いました。
ワープロを普及するためには、ワープロが社会的に認知されることが必要でした。そのためには、ワープロの技能が 検定制度によって公的に認められることが必要だと考えました。検定制度を始めるための手始めに、コンテストを行いました。
ワープロコンテストは現在までも続いています。このコンテストは富士通がメーカ色を出さない形で行ってきたものです。 このコンテスト以外にも、OA協会の行ったメーカ各社が参加したコンテストも過去には行われましたが、数回で続きませんでした。 富士通の行ってきたコンテストは、公開の場所で行い、その日に結果を出して表彰していることに大きな特徴があります。
いろいろと検定のあるなかでも、ワープロのように機械が出現してまもなく検定制度が始まったものは珍しいと考えられます。 なお、邦文タイプライタは教える所がなくなり、ついに検定も行われなくなりました。

  • コンテストの募集要項 です。
    これは応募した人に渡した参加要項で、試験の実施要項が詳しく書かれています。 参加者は200人を予定しており、最初に100人ずつ入力速度のテストを行って、この中から50名を選び、第2次コンテストとして技巧問題を 行うことになっています。

  • 会場の看板 です。 内幸町のプレスセンタービルが会場です。入口に掲示した看板です。

  • 参加者の様子 です。 参加者の受付の様子です。緊張した受験者の表情がよく記録されています。

  • 会場の様子 です。 マイオアシスを100台ならべてコンテストを行いました。赤いモデルと白いモデルが混じっているのが分かります。 参加者は150名で75名ずつ、2回にわけて速度競技を行いました。 これだけワープロを並べるとかなりの壮観でした。 試験の要項の説明を行っているところです。

  • 速度の試験の状況その1 です。
    10分間に何文字入力できるかということで、速度のテストをおこないました。 10分の入力が済んだあと、採点のために、入力済の文書を印刷しました。
    100台もの機械で、一斉に印刷した時の轟音をいまでも覚えています。ともかく凄い音でした。鈴鹿のオートバイレースの スタートの時の轟音のような印象でした。

  • 試験の状況その2 です。 参加者は真剣に入力の問題と取り組んでいます。

  • 優勝者の表彰 です。 優勝者の田村容子(24)さん 表彰状を渡しているのは、東京大学名誉教授の竹内均先生です。 田村さんは速度も技巧も一位で文句なしの優勝でした。速度は10分間で892文字でした。

  • 親子づれの参加 です。 翌日の日経新聞の記事です。子供を連れたお母さんが参加しました。 小さい子供は親の側にずっといました。こんな光景は滅多に見られないほほえましいものです。

  • 四国新聞の報道 です。 ワープロコンテストは珍しかったので、全国の新聞に報道されました。地方の新聞は記者は来ませんが、通信社から配信されたニュースが このように掲載されたのです。これは、82年11月24日の高松の四国新聞の紙面です。

  • テレビの取材 です。 テレビの取材もあり、殆どのテレビ局がニュースとして報道しました。

  • 機器の搬出 の様子です。 マイオアシスは本体とプリンタに別れて、このような梱包箱にいれられていました。 100台もの機械を設置するのはけっこう大変な作業でした。